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大前暁政の21世紀の教育記録

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なぜ教師は学校に来れなくなったのか?

私が新卒の頃の話である。
ある学校で、新卒教師と若い講師の教師が4人赴任してきた。
そのうち、2人が病気になり、一人は学校に来なくなってしまったのだそうだ。

病休になった教師の学級は荒れ果ててしまっていたらしい。
教室はゴミだらけ。
毎日担任が掃除をしても、である。
授業が成り立たない。
係活動や当番活動が機能しない。
授業には補助で他の教師が入るようになった。
管理職や初任者担当のベテラン教師が入れ替わり、その教師にアドバイスを送ったという。
毎日、毎日である。
しかし、結局、学級は荒れていく一方だったらしい。

現場は厳しい。1年目で教職を辞す教師は年々増え続けており、精神性疾患で休職した公立学校の教師は、過去10年間で3倍に増えているのだ。

私が問題に思うのは、次だ。

「なぜ、校長、教頭、初任者研修担当のベテラン教師の3人の指導を経ても、なお、学級崩壊を防ぐことができなかったのか?」

優れた管理職、優れたベテラン教師をして、学級崩壊から救えないという現実は何なのか?と考えたのだ。
私は、管理職の教え方やベテラン教師の教え方が悪かったのではない、と考えている。
経験を積んだベテランのアドバイスは、『金言』だ。
そこには、経験に裏打ちされた、優れた技術や、方法、精神論が含まれていたはずなのである。

では、なぜ、若い教師を救えなかったのか?

新卒教師の問題意識と、ベテラン教師の問題意識には、「ずれ」があったのだ。


企業では、少し先輩が、新入社員の教育をすることは常識である。
少し先輩からのアドバイスが、経験の少ない人の教育には効果を発揮するのだ。

平たく言えば、経験を積んだベテランのアドバイスは、金言であるにもかかわらず、新卒教師にとっては思ったほどの効果を生み出さないのかもしれないのだ。

若い教師には、「禅問答」のごとき高尚な教えではなく、即効性の教えが求められているのである。

例えれば、風邪をひいて、のどが痛くて熱もある状態の人(学級が荒れてきている教師)に対して、「食生活に気を付けよう」とか、「病は気からだよ。明るい気持ちで生活しよう」などと言ってもしょうがないのである。
「熱を下げる薬」を与えるなり、「十分な休養」を与えるなどの、問題を解決するための具体的な方策を講じないとダメなのである。

「少し先輩からのアドバイス」これが、今現場で求められていることなのだ。

しかし、問題は30代の教師が圧倒的に少ないことである。

我が県では、1000人以上採用試験を受けて、50人しか受からない時代が続いていた。今の30代は、もっとも倍率の厳しい時代に教師になった人たちなのである。
30代の教師が、新卒教師を教えるという構図が、現場では崩れてしまっているのだ。
結果として、新卒教師にとっての少し先輩からの教えがないという状態になっている。

だからこそ、少し先輩からの実践記録が役に立つのだ。
そこには、きれい事ではない、現場で流した汗や涙やドラマが書かれてあるからだ。

 私が数年前に、いろいろな方面の方に「少し先輩からのアドバイスが必要だ」と問題提起した当時は、「もっとベテランがアドバイスをすればよい」と一蹴された。
 今では隔世の感がある。
 教育の世界でも、「少し先輩からのアドバイス」は浸透しつつある。
 ただし、「少し先輩からのアドバイス」と銘打っておきながら、「かなりベテランが本を書いていたり」、「ベテランからの教えをそのまま丸写しをしているような本」は本末転倒だと考えている。
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by akimasaomae | 2009-11-07 12:48 | 新卒教師(新採用教員のために)
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